フジテレビ放送「アライブ」家族の死をのりこえるということ。共有するということ。

2020年1月30日放送の、フジテレビ木曜ドラマ「アライブ」

前回の放送で看板崩落事故で植物状態となり、意識不明だった心の夫の匠の容態が急変し

心肺停止となり帰らぬ人となりました。

葬儀も済み、心は仕事を休むかと思われましたが、「3日」という短期間で仕事復帰しました。

「仕事していた方が気がまぎれるから」

 

最愛の人の死を乗り越える

「仕事をしていた方が気がまぎれるから」

と、旦那の死後3日で仕事復帰した心でしたが、実際は強がりでした。

事故のあった日なぜ、家で小説を書いているはずの匠があの場所にいたのかもわからず

「浮気」を疑い、気を紛らわせているほどでした。

そして、なんでもするから。という梶山薫先生に「じゃあ、この悲しみを消して!!」

と、八つ当たりをしてしまいました。

 

家でも、匠の父、京太郎の様子がおかしいことに気付きます。

しばらく、夕食の準備はしなくてもいいと言ってあったはずが

材料を買って作り出したり、逆に作ろうと材料を買って来たのに作れなかったり・・・。

そして、挙句に事故現場近くで、泥酔して号泣しているところを警察に保護されました。

 

上司である阿久津は気づいていました。

心家族にはお互いに傷をいやす時間が必要だということを。

そのため、自分がケアしている患者の心の話しに同席させたり、

「愛する人を失った時のケア」について心に話して聞かせました。

 

悲しみを共有することや、悲しみをはきだすこと。特に男性の場合は「強くいなくてはいけない」

と、悲しみを隠しがちで、大切な人を失い「うつ病」を発症しやすくなっています。

心には思い当たるふしが京太郎にありました。そして自分にも。

 

休暇をもらった心

阿久津の言葉に甘えて、十分な休暇をもらうことにしました。

そして、京太郎に「今日の夕飯はカレーにしましょう」と電話をしたのです。

それが京太郎にとって、「命の電話」となりました。

 

実は、息子を失った悲しみを抱えきれず、マンションのベランダから下を見ていたのです。

その時に電話が鳴ったため、気持ちを静めるきっかけを得ることができました。

そして、漣は黙って学童を休んでいました。「おじいちゃんに会いたくて」

と、2人で珍しく「パズル」をしていたのですが、漣が匠と一緒に作っていたパズルだと

その時にふたりとも知りました。「パパと作っていたから、完成させないと」

子供の方が、悲しみを乗り越える力が強いのでしょうか。

 

夕食は匠が大好きだったカレーです。

そして、葬儀翌日は3人分だったカレーは、今日は4人分。

匠の分もよそって、4人でカレーを食べ幸せなひと時に京太郎は、初めて悲しみを吐き出すことができました。

そして、自分の影響で匠が「小説家」を目指すようになった。と心に打ち明けました。

 

心も、事故のあった日「子供と遊んでばかりで、小説も書かないでッ!!」とひどいことを言ってしまったことを悔いていましたが

事故現場のすぐ近くに、出版社が移転していたのです。パソコンに事故当日担当者と会う約束をしていたメールのやり取りと

書いていた小説を京太郎に見せました。

 

ひとりで悲しみを抱え込まずに、悲しければ悲しいと声に出すこと。

悲しければ我慢しないで泣くこと。

悲しければ心行くまで思い出に浸ること。

恩田家の家族は3人になりましたが、これからも匠の気持ちを近くに感じながら

生活は続いていくのでしょうね。

 

 

フジテレビドラマ「アライブ」患者の最期の時、どう過ごすのが本当の幸せなのか!?

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