私が入院をしてから…。

私は、2019年10月1日に急遽入院しました。

急ぐ入院でもなく、がんばれば自宅療養も今まで通り可能でした。

でも、色々考えて入院を選択しました。

 

私が入院を選んだ理由

 

この子はハリンちゃんです。我が子が初めてUFOキャッチャーでとった子です。

前にも書いたかな⁈我が子の代わりに連れ連れてきました。

ママっこ(本当は何でも買ってくれるから、ババっ子かも)なので、ママにくっつきたい子なので

我が子の代わりのハリンが、いつもママにくっついてるよ。

と、いうメッセージを込めてつれてきました。

入院も急に決まったので、入院するかも?程度の荷物しか用意してなかったので

急いで自宅にハリンを連れに行きました。

それが安心材料だったのか、特に今のところ問題なく過ごしているようです^_^

 

環境を整える

 

入院するのに、一番助けになったのは、家族以外のヘルプ先が整い

私のいない間、大人のADHDの疑いがある母のフォローに色々なひとが回ってくれること。

 

ちょうど1年前は自宅のベッドで、寝たきりでした。本当は入院も勧められていましたが

我が子を、任せられるひとがいない。

このひとつの理由で自宅にとどまりました。

しかし、

支援事業所の変更

放課後デイサービス先の変更

児相の協力

我が子の年齢も上がり成長している

薬でかんしゃくをコントロールできるようになった

ことから、入院に踏み切りました。

もし、今年の夏、我が子がひどいかんしゃくを起こし

3時間も喚き続けなかったら、児相に私が通報し、助けを求めることもなかったでしょう。

行政機関でもあるので、私がいない間至急のお役所手続きは代理してくれます。

母が、我が子をうまく扱えないので、定期的に家庭訪問してくれます。

 

支援事業所と、放課後デイサービスは、我が子のサインを察して

心のフォローにまわってくれます。

 

そして、我が家の一員チワワ

ホームステイ先は決まっていたのですが、いざ預けて問題があるといけないから。

と、ちょうど前日からホームステイ先に行ったあとだったので、すぐ入院もできました。

 

我が子との約束

私は家族やその他の人たちとの接触を一切断ちたい!

特に母は。そのため、病院側でも母が来た場合は帰ってもらうようになっています。

しかし、何かと手続きの連絡が放課後や市役所からくるので、家族には一切連絡しないつもりでしたが、LINEだけしています。

そして子供とも。

文章だけではさみしいな…

と、私ができるのは毎日の食事の写真を送ること。

そして、文章を付け加えて昼過ぎに送ります。

そうすれば、スマホにママただいま!と言いながらメッセージが見れるかな?

同じくらいの時間に送ることで、そね時間がたのしみになるかな?

 

ただ、ひとつ約束をしています。

LINEはそれぞれ1通のみ

数を決めないと、子供は自分が満足するまで何通も送ってきます。

時には全く説明もなく、とんでもない過去の写真や、わからない動画など…

1通と、決めることで一番ママに伝えたいことを考えることができます。

 

いつもは1行なので、前後の予想が必要ですが、昨日は間違いだらけで、

句読点や漢字がなく難読でしたが、文章を送ってきました。

ちょっと成長をみたようで、嬉しかったかな…。

でも、困った事に我が子に会いたい!

と、いう感情が湧きません!私は非情な人間でしょうか…。

子供に付き合わなくてもいい。と、安心している自分もいます。

 

 

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