発達障害を公表している小説家市川拓司さんの場合

小説「いま会いに行きます」を2003年発表し、それが映像化され、漫画家もされ大ヒットした小説となりました。

そんな小説家の市川拓司さんですが、自閉症スペクトラム障害を公表しています。

しかも市川さん自身がその障害を知ったのは40歳を過ぎてからの話です。

 

市川拓司プロフィール

名前 市川拓司(いちかわたくじ)

生年月日 1962年10月7日

出身地 東京都

出身校 獨協大学経済学部経済学科

 

生まれは東京都だが小学校の時に埼玉に引っ越し、それからずっと埼玉で過ごす。

大学卒業後は出版社に勤めるが、3ヶ月で何かをぶっ壊してやめたらしい。

その後はバイクで日本一周をしたり、2年間フリーターをしたりして過ごしていたが、小さな規模での税理士事務所に勤めることになり、そこは14年間勤務が続いた。

この頃から妻のためにと小説を書き始める。そして様々な作品をネットで紹介し始めた。

それが2002年にネット小説として注目され、小説家デビューをへとつながっていった。

 

市川拓司さんの場合

 

市川拓司さんが、発達障害があると診断されたのは40歳を過ぎてからです。それまでは普通の健常者として過ごしていたわけです。

しかし、初めて勤めた会社を3ヶ月で突然辞めたり、日本一周してみたり思い立った行動が目立つように思います。

ASD 自閉症・アスペルガー

ADHD 多動性/衝動性/注意欠陥

LD 学習障害

現れている障害

 

こだわりが強く

孤独への耐性が強い

コミュニケーションが苦手

感覚過敏

まぶしい光が苦手

大きな音が苦手

落ち着きがない

物忘れがひどい

書く事がやめられない

多弁、多動

書く事が苦手(筆圧調整ができない)

 

今まで発達障害だと感じなかった理由

 

それは市川拓司さんの母にありました。

何をやっても褒めてくれ、やってはいけないことなどなかったそうです。

人とちょっと違うだけで、あなたは間違っていないといつも肯定してくれたそうです。

そのため鋼の自尊心と、ダイヤモンドのようにキラキラとした自尊心を手に入れたそうです。

それが自己肯定とつながり、就職や小説家としての活動そして私生活では結婚等へとつながっていったのです。

 

発達障害があるからといって、頭から否定するできないのではなく、できている部分を認め褒めていく教育も大切なことです。

しかし親の立場となると、どうしても周りと比べてしまい子供を否定してしまいがちですが、少しでもできることがあれば褒めていくことがほんとに重要なことなんだと改めて気付かされます。


いま、会いにゆきます (小学館文庫) [ 市川拓司 ]

 

コメントを残す コメントをキャンセル